東日本大震災で取材や報道に携わった方々へ

A Japanese-language guide for journalists on how to deal with the psychological after-effects of disaster, in the aftermath of the March 2011 earthquake and tsunami.

東日本大震災から1ヶ月半が過ぎました。あれだけ過酷な現場の中で取材し報道して下さった記者やカメラマンの皆様、悲惨な映像や写真を編集してくださった編集やデスクの皆様に、心より感謝いたします。
以前私たちは災害直後に皆様に生じるストレスについて、文書を公開させていただきました。本文書では、災害後2~3ヶ月に現れるストレス反応(惨事ストレス)とストレスの和らげ方についてご説明致します。

災害後に現れるストレス反応


厳しい現場で活動したり、悲惨な映像を見続けた後には、下記のようなストレス反応が起こりやすくなります。

1)身体の不調
身体の不調が続きます。肩こりや腰痛。いつまでも風邪のようなだるさがとれない。眠つけず、寝てもすぐに目が覚めてしまう。過食や拒食になる人もいますし、便秘や下痢が続くこともあります。

2)繰り返し思い出す
繰り返し当時のことが思い出されます。人と話していたりふっとしたときに、被災の状況や災害映像が思い出されます。生々しい記憶がよみがえり、苦しくつらく感じることも多くあります。

3)緊張や不安がとれない
緊張感がとけず、張り詰めた気持ちが続くことがあります。緊張がとけないために、休暇を取っても休めず、非番の日に出勤したりする人もいます。災害映像や余震の揺れに強い恐怖を感じる人もいます。ちょっとしたことでイライラして、周囲の人に八つ当たりをする人もいます。なにげなく聞いた歌に号泣した人もいます。

4)自分を責め、うつっぽくなる
これほど大きな災害の後には、多くの人が亡くなったことによる喪失感、自分の報道活動に対する無力感、世界が安定して良いものであると感じられなくなる世界観の変化などが起こりやすくなります。
気分が沈みがちになり、「こうすれば良かった」「もっと上手くやれたはずだ」と自分を責める気持ちが出やすくなります。仕事も遊びもおっくうになり、人を愛する気持ちが弱まることもあります。今目の前にある仕事はできても、1週間後2週間後のことが考えられなくなることもあります。

5)災害に関わることを避ける
震災を思い出しそうな映像や情報や行動を避けるという現象も起こります。災害に関連する情報を見たくない聞きたくないと感じ、会話でも災害のことを話さなくなります。そのため周囲の人から孤立してしまうこともあります。被災地へ出かけることが苦痛になり、災害関係者と会うことも避けようとします。重くなると、災害に関わる報道ができなくなる場合もあります。

6)孤立を感じる
職場内では被災地に行けた人と行けなかった人、悲惨な現場を見た人と見なかった人の間に微妙な温度差が生まれることがあります。被災地の状況を知らない家族や友人との間にも、違和感や隔たりを感じることがあります。そのため周囲の人に災害のことなどを話せなくなり、孤立感を味わうことがあります。

こうしたストレス症状を和らげるためには、つぎのようなことが役立ちます。

ストレス解消とリラクセーション

1)積極的なストレス解消を
被災地からお帰りになった直後は、身体を休めることさえままならなかったと思いますが、少し時間にゆとりができたら、積極的にストレスを解消してください。
趣味や運動やスポーツなどによる発散だけでなく、「お笑い」で笑ったり、カラオケで歌ったり、震災に無関係なドラマや映画を観て泣いたりすることも、ストレス解消になります。ただし、ストレス解消のために仕事に打ち込むことは、ストレスをかえって悪化させますので、避けてください。
酒は報道関係者がよく使うストレス解消手段ですが、ストレスを抱えているときにはついつい酒量が上がります。飲み過ぎないようにお気をつけ下さい。

2)リラクセーションで身体を休めて
ストレス反応とくに不安が強くなった時には、リラクセーションが効果的です。たとえば、ゆっくり吸って長く吐くという呼吸法は緊張をほぐすことが知られています(4秒間吸って、6秒間で吐くなど)。ほかに、瞑想や臨床動作法というリラクセーションの技法もあります。
もっとも身近なリラクセーションは、入浴です。ふだんシャワーで済ませている方も、少し疲れを感じたら、温めのお風呂にゆっくりつかり、心身のこりを緩めてください。

ほめる・話し合う・職場内での配慮

3)自分自身と周りの方をほめてあげて
災害報道後に生じやすい怒りや、喪失感や、自責などの気持ちを自覚して下さい。そうした自分の気持ちと向き合って、喪失を悲しみ、自分の活動の意義を確かめ、世界を信じる気持ちを取り戻すことが必要になります。
とくに、「こうすれば良かった」とか「もっとこうできたはずだ」と自分を責める気持ちは、あなたを苦しめるだけでなく、あなたとともにこの震災で活動した仲間をも傷つけます。また、現地で取材や報道をした人には、ともすると「自分の活動には意味がなかったのではないか」と思う気持ちが働きます。どうぞ、進んで仲間の取材や報道内容をほめてあげてください。
私たちはスーパーマンではありません。緊急事態の中でできなかったことがあって当たり前です。できなかったことの多さより、成し遂げたことの意義を感じてください。自分の中に起こる様々な気持ちを認めた上で、あれほど悲惨な災害の中で活動をしたあなたの周りの人とあなた自身をほめてあげて下さい。

4)体験を話し合う会を持つ
慰労会などで、仲間と互いの体験を話し合うことも大切な支え合いになります。ふだんの飲み会などもよい機会になります。ただし、厳しい現場で活動した後には、怒りが生じやすくなっています。せっかくの慰労会なのに、互いに批判をしあい、ミスを指摘しあったりすることもあり得ます。支え合う場になるように、お気をつけ下さい。

5)微妙な温度差に配慮を
現地に入ることができた人と入れなかった人、本社と支社というように、同じ会社の方でも、立場によって、災害の考え方や報道のあり方に関する考えが異なる場合があります。また、もともとストレスに強い方もいれば、ストレスに敏感な方もいます。こうした職場内に広がる温度差に留意して、互いを傷つけ合うようなことがないように、ご配慮下さい。

6)つらくなったら専門家に
こうしたストレス解消策をとっても、辛さが続いたり、苦しさが増すようであれば、精神科医やカウンセラーなどの専門家に頼りましょう。産業医でもよいのですが、産業医には心理的なことを専門にされていない方もいます。専門を確認してから受診して下さい。
無理をしてストレスを深めるより、気軽に受診を。

今回の震災は長期化しています。どうぞ皆様がご自愛され、被災者の方々や社会のために意義のある報道を続けて下さいますように、祈念しております。

2011年4月30日

報道人ストレス研究会
        松井豊・安藤清志・井上果子・福岡欣治・畑中美穂・高橋尚也・張綺

注:本文書の作成にあたっては、ダートセンター(ジャーナリストの取材活動をサポートする国際的な組織)の関係者であるDr. Frank OchbergとCait McMahon先生)の助言をいただきました。
私どもは継続的にジャーナリストの惨事ストレスケアに関わっています。もしも私たちでお手伝いできることがありましたら、どうぞご連絡ください。