性暴力報道のヒント ⓒダートセンター・ヨーロッパ

 

性暴力の報道には、特別なケア〈人間に対する注意力、心遣い〉と、いつも以上の倫理的敏感さが必要不可欠です。専門的なインタビュー技術、法律の理解、そしてトラウマの心理的影響についての基礎知識が求められます。

 

 性暴力は、身体的なものであろうと心理的なものであろうと、あらゆる年齢の、男性、女性、子どもに対して行われる可能性があるものです。この中にはレイプも含まれます。レイプは、人間が遭遇しうるなかで最も深いトラウマになる経験のひとつだということが知られています。このような出来事について話すことは、通常、とてもハイレベルの苦痛を伴いますーーサバイバーは、そのことを再び語るときに、攻撃された当時に感じたのと同じ感情を再体験することもあるのです。ですから、ジャーナリストは、インタビュー相手の苦痛を増幅させないために、特別な注意力を発揮する必要があります。性暴力は、より広い範囲の人たちににも影響します: 家族や恋人、あるいは行為の目撃者などにも波及します。性暴力が戦争の武器として使われた場合は、コミュニティ内部の人間関係や、近隣のグループとの関係が、激しく変えられてしまう可能性があります。

 ◆準備とアプローチ

▷性暴力の原因と予想される影響について調べて、よく考えておく

 現地の状況や事情を調査しましょう。しかし、調査を終えたら、それはいったん忘れること。このテーマについてあなたにどれほど知識があろうと、特定個人がその人に起きた出来事をどのように経験したのかを、あらかじめ判断することはできません。

▷言葉を正しく使う

 レイプや暴行は"セックス"ではありません。人間関係を悪用したパターン〈セクシャルハラスメントや虐待〉は"情事"や"恋愛"とは違います。レイプや性暴力は、通常の性的行為とはまったくつながりません : 女性の人身売買を、売春と混同してはいけません。性暴力を受けた人は、自分でその言葉を選ばない限り、「被害者」と表現されることを望まないかもしれません。多くの人は「サバイバー」という言葉の方を好みます。

▷インタビュー相手の「ノー」と言う権利を尊重する

 レイプのようなトラウマティックな出来事について、誰も、詳しく話すことを強要されてはなりません。みんながみんな、話すのが適切な状況にいるわけではありません。

・もし地元の専門家や支援団体がその事件に関わっているなら、メディアに話すと事態が悪化する可能性があるかどうか聞いてみましょう。

・男性のインタビュアーがどんなにセンシティブでも、ほとんどの場合、女性被害者は他の女性からインタビューされた方がより安全だと感じます : それが不可能なときは、女性の同僚に近くにいてもらった方がよいでしょう。

・公正で現実的でいましょう。威圧したり言いくるめたり、報酬を提示したりするのはやめましょう。また、インタビューに応じれば、より多くの援助 / 軍事介入がもたらされると示唆することもやめましょう。

▷相手に接近することが、安全やプライバシーを脅かすことにならないか、自問する

 社会によっては、レイプされた疑いをかけられるだけで、恥につながり、仲間はずれにされ、さらなる暴力をふるわれることさえあります。その可能性のある相手と、どこでどのように会うか、慎重に考えて行動してください。

・あなたが何者なのか、はっきりさせましょう。ジャーナリストではないふりを決してしないこと。どのようなタイプの記事を書こうとしているのかを説明することは、あなたとインタビュー相手との間に信頼を築く助けになり、結果的に、あなたはより良い仕事ができるでしょう。

 ◆インタビューの際に

▷良い基本原則を設定する

 暴力的な行為や人間関係を悪用した行為は、人からコントロールとパワーを奪うので、インタビュー中は安全だと相手に感じてもらえるようにすることが重要です。インタビュー相手と一緒に決めてみたらどうでしょう: 安全な場所や時間帯のおすすめがないか、聞いてください。

・通訳を使うつもりなら、ここで説明した基本的なことを、通訳にあらかじめ説明しておきましょう。放送ジャーナリストは、インタビュー相手の母語でインタビューを記録して、スタッフを最少にすることを、検討すべきです。

・インタビュー時間がどれくらいか、最初にインタビュー相手に伝えておきましょう。トラウマ体験について相手が語っているときに、予告なしに話を切り上げると、深く傷つけることになりかねません。

▷良いインタビューの秘訣は、積極的かつ非審判的態度で聞くこと〈自分の経験や価値観、道徳で、決めつけたり、非難したりしないで耳を傾けること〉

 簡単そうに聞こえるでしょうけれど、これは時間と労力をかけて深めていくスキルなのです。

▷トラウマティックな話を詳細に聞くとき、あなた自身の反応が、やりとりに影響を及ぼしうる、ということを甘く見ない

 もし、その話題を聞くことが感情的につらくなってしまったら〈自分が混乱したり、話の過酷さに話に耳が閉じてしまいそうになったりしたら〉、黙って心の中でそれを認めて、いま話されていることにフォーカスを戻しましょう。たいていの場合は、もう少し集中して耳を傾けて、相手の表情や身ぶり手ぶりなどを観察することが助けになります。

 (記者が受けた個人的な影響を処理するのは、インタビューが終わってから、後でしましょう)

▷性暴力は、ハイレベルの自責感、罪悪感、羞恥心を伴う

 ですから、インタビュー相手に何らかの責任があるとほのめかしかねない言葉は、避けましょう。「なぜ、どうして」と問う聞き方は要注意ですーーそれは尋問者が好んで使う質問です。

▷もし説明に筋が通らないところがあっても、驚かない

 性暴力のサバイバーはしばしば、感情が「シャットダウン」してしまいます : 記憶が断片的になることがあるし、時には出来事を完全に記憶から締め出してしまうことさえあります。不完全で矛盾した説明は、ごまかしの証拠ではなくて、むしろ、インタビュー相手が自分に起こったことを理解しようと格闘していることを示しているのです。

▷「お気持ちはわかります」と決して言わないーーあなたにはわかりません

 その代わり、「これがあなたにとってどれほど困難か、お察しします」と言った方がよいでしょう。〈相手が困難な道のりを歩んできたこと/困難な渦中にいることを認識し、尊重する〉

▷インタビューをうまく終わらせる

 あなたが報じるのに必要な論点についての話が終わったら、他に何か付け加えたいことがないか相手に聞きましょう。そして、最も重要なことですが、確実に、会話を「今、ここ」に、インタビュー相手が安全だと思えることの議論に戻しましょう。

 

▷記事掲載や番組放送の後、あなたに連絡が取れるようにしておく

 書いた記事/放送したもののコピーや録画を相手に渡すと言ったのならば、その約束を守りましょう。

 ◆原稿を仕上げる

▷言葉遣いを再考する

 性暴力は、極めて個人的なものであると同時に、公共政策に広く影響を及ぼすものでもあります。

・暴行を描写する場合、どの程度まで生々しい細部を入れるかを決める際にバランスを取るよう努力しましょう。多すぎるのは不必要だし、少なすぎるとそのサバイバーの体験を過小評価することになります。

・紛争のなかでの戦闘員によるレイプは、戦争犯罪です。それを、不幸なことだけれども戦争ではありうることだとして描くことは許されません。

▷公表後の影響を予測する

 ジャーナリストは、インタビュー相手がさらにひどい目にあったり、コミュニティでの立場が悪くなったりするのを避けるために、できる限りのことをする責任があります。

・公表前に、サバイバーに記事の一部を読んでもらいましょう。それで、公表によって受ける影響を減らすことができるし、事実関係の誤りを見つけやすくなります。相手は、読み終えて、ーーそしてあなたの意図が実際にどのように表現されているかを見てーーあなたにさらに詳しい話をしようと決心するかもしれません。

・全体像を伝えましょう。メディアは特定の出来事を取り上げて、その悲劇的な側面にフォーカスすることがありますが、性暴力は、以前から続いてきた社会問題、武力紛争、あるいはコミュニティの歴史の一部かもしれないということを、取材者は理解しておいた方がよいでしょう。長期にわたる性暴力のトラウマに個人やコミュニティがどのように対処してきたかを知ることで、有用な洞察が得られるかもしれません。

・それが適切な場合は、インタビュー対象者や、視聴者、読者に、性暴力に関するリソースや情報を案内しましょう。これらのリンクは、ダートセンターのウェブサイトで見つけられます。

▷情報源の匿名性を損なうリスクがないか、再確認する

 最終稿に、不用意に個人を特定しかねない手がかりを残していませんか? 仕事と年齢と場所から、ジグソーパズルのように特定できるかもしれません。写真や映像では、顔や服装をぼかす必要があるかもしれません。

2022年6月28日 河原理子訳 〈 〉は訳注

The English version of this tipsheet on reporting on sexual violence was translated into Japanese by Michiko Kawahara